ぐみょうの鳥 参考経典

『仏説阿弥陀経』『仏本行集経』『雑宝蔵経』

『仏説阿弥陀経』鳩摩羅什訳(大正蔵十二 347上)

「復次舎利弗。彼国常有種種奇妙難色之鳥。白鵠孔雀鸚鵡舎利迦陵頻伽共命之鳥。是諸衆鳥。昼夜六時出和雅音。其音演暢五根五力七菩提分八聖道分如是等法。其土衆生聞是音已。皆悉念仏念法念僧。舎利弗。汝勿謂此鳥実是罪報所生。所以者何。彼仏国土無三悪趣。舎利弗。其仏国土尚無三悪道之名。何況有実。是諸衆鳥。皆是阿弥陀仏。欲令法音宣流変化所作。」

▶『阿弥陀経』の共命鳥

浄土真宗 正依の経典 浄土三部経のひとつ

鳩摩羅什訳の『仏説阿弥陀経』

浄土を荘厳する鳥として共命鳥が登場し

美しい声で歌い 聞いたものは自ずと仏法僧を念ずる

ここでの共命鳥は 阿弥陀如来が変化(へんげ)なさったものです


『仏本行集経』(大正蔵三 923下~924中)

「爾時佛告諸比丘言。我念往昔。久遠世時。於雪山下。有二頭鳥。同共一身。在於彼住。一頭名曰迦鳥。一名優波迦鳥。而彼二鳥。一頭若睡。一頭便覺。其迦。又時睡眠。近彼覺頭。有一果樹。名摩頭迦。其樹華落風吹。至彼所覺頭邊。其頭爾時作如是念。我今雖復獨食此華。若入於腹。二頭倶時得色得力。並除飢渇。而彼覺頭。遂即不令彼睡頭覺。亦不告知。默食彼華。其彼睡頭。於後覺時。腹中飽滿。咳噦氣出。即語彼頭。作如是言。汝於何處。得此香美微妙飮食。而噉食之。令我身體。安隱飽滿。令我所出音聲微妙。彼頭報言。汝睡眠時。此處去我頭邊不遠。有摩頭迦華果之樹。當於彼時。一華墮落。在我頭邊。我於爾時。作如是念。今我但當獨食此華。若入於腹。倶得色力。並除飢渇。是故我時不令汝覺。亦不語知。即食此華。爾時彼頭。聞此語已。即生瞋恚嫌恨之心。作如是念。其所得食。不語我知不喚我覺。即便自食。若如此者。我從今後。所得飮食。我亦不喚彼覺語知。而彼二頭。至於一時。遊行經歴。忽然値遇一箇毒華。便作是念。我食此華。願令二頭。倶時取死。于時語彼迦言。汝今睡眠。我當覺住。時迦聞彼優波迦頭如是語已。便即睡眠。其彼優波迦頭。尋食毒華。迦頭。既睡覺已。咳噦氣出。於是即覺有此毒氣。而告彼頭。作如是言。汝向覺時。 食何惡食。令我身體。不得安隱。命將欲死。又令我今語言麤澁。欲作音聲。障礙不利。於是覺頭。報彼頭言。汝睡眠時。我食毒華。願令二頭。倶時取死。於時彼頭。語別頭言。汝所爲者。一何太卒。云何乃作如是事也。

即説偈言

 汝於昔日睡眠時 我食妙華甘美味

 其華風吹在我邊 汝反生此大瞋恚

 凡是癡人願莫見 亦願莫聞癡共居

 與癡共居無利益 自損及以損他身

佛告諸比丘。汝等若有心疑。彼時迦鳥。食美華者。莫作異見。即我身是。彼時優波迦鳥。食毒華者。即此提婆達多是也。我於彼時。爲作利益。反生瞋恚。今亦復爾。我教利益。反更用我爲怨讐也」

 

『雑宝蔵経』(大正蔵四 464上)

共命鳥 

佛在王舍城。諸比丘白佛言。世尊。提婆達多。是如來弟。云何常欲怨害於佛。佛言。不但今日。昔雪山中。有鳥名爲共命。一身二頭。一頭常食美菓。欲使身得安隱。一頭便生嫉妬之心。而作是言。彼常云何。食好美菓我不曾得。即取毒菓食之使二頭倶死。欲知爾時食甘菓者。我身是也。爾時食毒菓者。提婆達多是。昔時與我共有一身。猶生惡心。今作我弟。亦復如是」

ダイバダッタ 提婆達多

ダイバダッタが釈尊を妬み恨むにいたった過去の因縁話を釈尊が説かれる中に共命鳥が登場します

ダイバダッタは釈尊のいとこで

アーナンダの兄にあたるとの言い伝えも

釈尊の弟子となり 大変規律に厳しい方といわれていましたが

後に 様々な手段で釈尊を殺害しようとし

大悪人として語られることが多いです

しかし親鸞聖人は ダイバダッタがおられたからこそ 釈尊が『観経』を説く機縁となったとして提婆尊者と記されています

また『法華経』においてダイバダッタは滅後 無量劫の後に成仏を得て天王如来と成るとも説かれています

 

『仏本行集経』『雑宝蔵経』での共命鳥

経典では 過去世において釈尊はダイバダッタとカラダを共にする共命鳥であり

釈尊が迦嘍カルダという名で

ダイバダッタが優波迦嘍ウパカルダという名で登場します

カルダが一人で食べた摩頭迦マドゥカと呼ばれる甘い香りで美味しい花(実のような形をし食べられる花)は仏法をあらわしています

カルダが食べたマドゥカの花は身体を共にするウパカルダの栄養にもなるがウパカルダは怒りの心に支配され愚かにもカルダを殺してしまうというストーリーです

これは ダイバダッタが仏教をお開きになられた釈尊を殺そうとした話と重なります

 

他の経典での共命鳥

『涅槃経』など 他の経典では共命鳥ではなく 命命鳥と呼ばれる事が多く 迦陵頻伽と共に声の美しい鳥として登場しますが 共命鳥を主としたストーリーはありません